広報誌「長寿の森・タイムス」No3発行しました 2007年10月01日
長寿の森・タイムスNo3(2007年4月~10月)
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■記事の内容
- 寄稿文(かけ込み寺)
- 最近の動きを写真で紹介
- 寄稿文(メキシコの旅)
- スタッフ紹介
■紙面の一部を抜粋してご紹介します。
寄稿文
メキシコの旅 k・F(女性)
日本から南米行きは米国経由のルートだけだと聞いていた。今年からアエロメヒコが直通運行するのでと誘われて"マヤ、アステカ文明の遺跡"に参加しました。メキシコは1521年にスペインに侵略された歴史があり公用語はスペイン語。在30年の日本人ガイドに「日本語、スペイン語、英語、の本があったら一番先に何を選ぶ?」と質問したら「日本」と答えた。学んだ語学は表現のニュアンスが難しいとの答えでした。アステカ人が「神々の都」と名付けたティオテイワカン遺跡の太陽と月のピラミット、奥行きが浅いのにステップが高い急な階段を頂上まで、登りは4っん這い、下りは蟹の横歩きで両ピラミットを征服しました。"充実感あり。" タバスコ州のオルメカ文明、ラベンダ野外博物館は説明によると18世紀にある石油企業(?)が機械で掘り始めたら発見された巨石人頭や動物石像の数々。高さ3mの巨石人頭などの不思議な像が並んでいました。
古代マヤ遺跡には大小差はあるが球戯場後がある。宗教儀礼として捉えられる球技は2つのチームがボールを足でけり壁にある石の輪にボールを通した方が勝ちとなる。
負けたチームが生贄となり神に捧げられた。だが強い魂を神に捧げる意味から勝者が生贄になったとの説もある。競技者は現在の自爆テロリストや日本の特攻隊員の心境と同じように名誉の死としてあがめられたのだろうか。ユカタン半島のウシュマル遺跡は最高傑作といわれる総督の館、天体観測のドーム屋根の建物、当時大学であった尼僧院グランピラミットなど見学。夜は再びライトアップされた遺跡を訪れ音と光のショーを楽しみ幻想的な時間でした。エジプトのピラミットはお墓、メキシコのピラミットは神殿と為政者の住居との説明。竈のあるピラミットは食べ物など上までどうやって運んだのか。
マヤ文明の始まる何千年前に地続きだったアジアから渡ってきたモンゴロイドの子孫たちマヤ族は日本人より一回り小柄で親しめた。
最高温度38度の日にユカタン州立大学にある野口英世の銅像を見学して世界のリゾート地カンクーンへ。各ホテル専用のカリブ海のビーチ。常時清掃されたきれいな海岸。宿泊した5っ星ホテルにハネムーンの日本人が一組。私も彼らのように連泊滞在したい気分でした。サボテンも食べました。油いためしたコンニャクのようなコリコリした食感です。暑いなかよく歩きよく登りました。
体力あっての旅行です。父と同じ三高(京都)卒業の日野原先生をお手本に自助努力に勤め次の旅行へ。
スタッフ紹介
介護課係長 斎藤栄里子
私はヘルパーとして入社して8年になります。
介護の仕事をする上で『どんな時にも、入居者の方を思いやる気持ちと心のケア』を心掛けて皆様と接しております。
入居者の皆様には、いつまでも明るく元気に過ごして頂けます様、これからも職員一同、力を合わせ頑張って行きたいと思います。







