広報誌「長寿の森・タイムス」Vol.6発行しました 2009年04月23日
長寿の森・タイムスVol.6(2008年11月~2009年3月)
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■記事の内容
- 同友会グループ 社員総会開催
- 寄稿文(長寿の森機構・連載⑤タヒチの旅)
- 長寿の森広場
■紙面の一部を抜粋してご紹介します。
寄稿文
長寿の森紀行・連載⑤タヒチの旅 ナビゲーターK・F
エアタヒチヌイ航空を利用し、約11時間で首都パペーテに到着。機内の座席は1/3が空席であり、たまに横になったりしてちょっと贅沢(?)な空の旅でした。
到着後はトラックを改造した庶民の脚、乗合バスで市内観光。
最初にサルコジ大統領も来庁したという、市庁舎の2階から町並みを眺め、議事堂や町の中心にある
カテドラルで、珍しいステンドグラスを見ることができました。
ショッピングセンター(マルシェ)で野菜や魚、またタヒチの土産品もあり行き交う人々は本当にのんびりしていて、“スローライフ”を感じる街でした。この街はリゾート地の美観保持のため、洗濯物は人目につかない場所へ干すようにと規則があり、そのおかげで、景色は自然に調和しています。
ここで、この国の迷信をひとつ・・・『家にパンの木が1本あると、その実を食べて生活ができる』とか。ガイドさんの家にはバナナの木があるというので、もちろん買ったことないそうです。

そして翌日は、楽しみにしていた『ゴーギャン博物館』の見学。
フランス19世紀後期にこの地を踏み、傑作『我々は何処から来たか、我々とは何者か』や『愉しみの家』などを描き、1903年に永眠。墓標もこの地に残っています。残念ながらオリジナル作品は1点もありませんが、複製品の展示や現地妻との生活や、生涯に至るまでの説明・掲示物もありました。
隣接の植物園では珍しいバナナの花、椰子の木、オクトパスツリー、カジュマルなどを鑑賞し、南国の雰囲気を満喫。同時に地形のこと、ポリネシヤ人の生活道具、ポマレ王朝に関する展示と説明もあり、ポリネシアの歴史を堪能することができました。
・・・思うに、ハワイのポリネシア人はここから移住したのでしょうか。
また、近年フランスのムルロア諸島で行われた核実験では、関係者の往来などでタヒチは経済的に潤ったとのエピソードもあったそうです。

3日目はパペーテから高速船でモーレア島へ。映画“南太平洋”のテーマ曲であり、またタヒチの硬貨にも描かれている、パリハイ山の近くを通過。山の威厳を感じました。そして一路モーレア島へ!
島の宿泊は陸と海上を選択可能で、広さはともに同じですが、プラス7万円で海上に佇む茅葺きロッジに宿泊できるとの事。これがとても人気!海上を流れる風が涼しく、ガラスの床から泳いでいる魚が眺められます。
また、ロッジとロッジは長い桟橋で連なっており、直接海に降りることもできます。

モツでBBQの昼食後、波打ち際で泳いでいる魚達と戯れ、時の経つことも忘れました。またこの島には、野良の鶏の家族が多く見られ、中にはなんと猫と仲良く共存している姿も!これには正直驚きました。

そして、最後の日には、パペーテのシェラトンホテルに宿泊。
ロビーには、“ミス・タヒチコンテスト”に集まった着飾られた招待客人や、ポリネシアンダンサーで大賑わい。優勝賞品として飾られたトヨタの乗用車も目を引きました。従業員はそちらの対応でとても忙しく、私達のフェアウエルデザイナーサービスのお料理は、現地のガイドさんと添乗員さんが運んでくれました。
そしてなんと、私達の出発時間である深夜までミス・タヒチの選考は決まらず、これぞまさに“ス
ローライフ・タヒチ”ならではの出来事も経験することができました。
成田を出発する時には、花粉症で目も鼻もムズムズで最悪の状態でしたが、8日間花粉のない島で生活したのが良薬だったのでしょうか。驚いたことに、帰国後私の花粉症は完全に治っており、今回の旅同様、爽快な気分で帰路につきました。






