広報誌「長寿の森・タイムス」Vol.8発行しました 2010年04月08日
長寿の森・タイムスVol.8(2009年11月~2010年3月)
全ての内容は、下記PDFよりご覧いただけます。
PDFファイルを保存される場合は、上記の文字の上で右クリック→対象をファイルに保存、にて保存できます。 |
|||
|
|||
■記事の内容
- 『新・入居システム』導入
- 紀行文(長寿の森紀行・連載⑦世界自然遺産 中国 九賽溝の旅)
- 長寿の森広場
誌面の一部を抜粋してご紹介します。
紀行文
長寿の森紀行・連載⑦世界自然遺産 中国 九賽溝の旅 ナビゲーターK・F
成田から上海までは、約3時間の空の旅。機内は中国60年記念国慶節の休暇を日本で過して帰国する人達で一杯でした。
秋葉原で買物を楽しまれたのでしょう、電化製品店の買物袋や、能登加賀屋の袋を持っている方が大勢いました。
上海で四川省首都成都行きに乗り継ぎ、成都空港までは約3時間。そして翌朝は成都空港から国内線で、九賽溝空港に到着。1992年、世界遺産に登録された時には、九賽溝空港はなく、上海から陸路にて3日もかかり、また宿泊先も当時は木賃宿がたった1軒だったそうです。しかし現在は、驚くほどのホテルの連立…時代を感じながら、私達は米国系のシェラトンホテルに3泊しました。
翌朝はホテルより専用バスで九賽溝内に入り、チベット族の村を経由して約6万ヘクタールに及ぶ風景地区を観光。大小100の湖沼の中には、上高地を拡大したようなエリアもありました。あわせて水量豊かな滝にはその迫力に圧巻。また、徐々に見えてくる秋限定の樹生群海(湖)のエメラルドグリーンと、樹木に積もった雪景色は素晴らしく、とても幻想的でした。
標高3150mにある長海(湖)にバスが止ると、チベット族のおばちゃん達が民族衣装をかかえて「20元(約\300)~」と近寄って来られ…それを羽織って"ハイポーズ"と言う訳です。(笑)
翌日はY字路の反対側を散策。パンダが水を飲みに来るので"パンダ海"と名がついた湖。白然そのままの原始森林など、マイナスイオンを満喫しました。5日目はバスにて、4100mの峠を越え黄竜へ。
ホテルで昼食を済ませ、一昨年に新設されたというロープウェーで山頂へ向かいました。下車後木道を歩くこと約1時間、傾斜地形のまま棚田になったエメラルドグリーンの五彩池は、樹海に囲まれた幻のような絵巻であり、青空とのコントラストが織り成す素晴らしい景色でした。
しかしながら、海抜3650mの峡谷であるが故、特に登り階段では息切れ必至。需要があるのでしょう、酸素缶も売られており、途中吸入された方の姿も見られました。
そして、下りはよく整備された木道を、五彩池から始まる滝や棚池を眺めながら、ゆっくりと約2時間楽しみました。(ちなみに当日の歩数は23000歩でした!!)
そして翌日は、再び4100mの峠を越え九賽溝空港から成都市(人口200万)に戻り、市内観光。なんと一日約l000台の新車が市に登録されているそうです。
成都市では、八世紀の唐の詩入、杜甫が暮した庵や竹林を見学。彼はここで"国破れて山河あり"や"痛飲狂歌"を詠んだのでしょうか。
また、市郊外の平楽古鎮(村)は猟年の歴史ある街であり、川沿いに立ち並ぶ店、木製の玩具や水車など、日本入の私にとっも、懐かしさを感じる風景が広がる街でした。道端で男性たちが麻雀卓を囲んでいる光景も、町並みにマッチしています。 そんな平楽古鎮で私は、竹で作られた筏に乗る経験もし、ゆったりとした時間を過ごしました。
そして帰国の日。当日は偶然にも恩家宝首席が宿泊されるとのサプライズな出来事も。
そんなこともあり、錦江賓館ホテルは厳戒態勢。厳しい警備の中を、私達は成都空港へ向け出発しました。
旅行中の朝食は、欧米と同じビュッフェスタイルでしたが、昼と夜は中国料理を満喫。次々に出てくるバラエティ豊かなメニューの数々に大変満足しました。
私にとって中国料理は、欧米のコースメニューより舌に熟れた食材です。難をいえば、日本人用に調整してあるとはいえ、四川料理なのでさすがに辛かった(笑)








